暮らしを支える6つの柱「福祉六法」~私たちのセーフティネットを知ろう~【日本の福祉の歩み 中編】

はじめに:私たちの暮らしを守る「福祉六法」

前回の記事では、福祉がなぜ分かりにくいのか、そして日本の福祉がどのような歴史を歩んできたのかを見てきました。今回は、現在の日本の社会福祉制度の土台となっている「福祉六法」に焦点を当てます。この6つの法律は、様々な状況にある人々を守るための大切なセーフティネット(安全網)ですが、現代社会の複雑な課題に直面し、新たな役割が求められています。

1. 生活保護法 (1950年):暮らしの「最後の砦」

生活保護法は、日本国憲法第25条が定める「健康で文化的な最低限度の生活を送る権利」を具体的に保障するための法律です。病気や失業など、様々な理由で生活に困窮してしまった場合に、国が必要な支援を行い、最低限の生活を保障し、再び自立できるよう手助けすることを目的としています。まさに、私たちの暮らしを守る「最後の砦」と言えるでしょう。

ただし、この制度を利用するには、預貯金や働く能力、親族からの援助など、活用できるものはすべて活用することが前提となっています(補足性の原理)。

この最後の砦は、今、いくつかの課題を抱えています。一つは、利用者の多くが高齢者になっていること。二つ目は、制度を利用できる資格があるのに、実際には利用していない人が非常に多いという「低い捕捉率」の問題です。推計では、利用しているのは全体の2~3割程度と言われています。その背景には、申請することへのためらいや「恥ずかしい」と感じてしまう気持ち(スティグマ)があると考えられています。そして三つ目は、ごく一部の不正受給が大きく報道されることで、制度全体に悪いイメージがつき、本当に支援が必要な人を遠ざけてしまう悪循環が生まれていることです。

2. 児童福祉法 (1947年):子どもたちの未来を守るために

児童福祉法は、すべての子ども(18歳未満)が心も体も健やかに育つよう、保護者だけでなく、国や自治体、そして国民みんなで支えていこう、という考えに基づいた法律です。

この法律も、時代の変化とともに新たな課題に直面しています。特に深刻なのが児童虐待の問題で、児童相談所が対応する件数はこの20年で約18倍にも急増しました。そのため、法律は何度も改正され、児童相談所の権限強化や、里親制度の推進などが行われています。

さらに近年、「ヤングケアラー」という新しい課題が注目されています。これは、大人がすべき家族の介護や世話を子どもが過度に担うことで、勉強する時間や友達と遊ぶ時間が奪われてしまう問題です。この問題に対応するため、2024年施行の改正法では、ヤングケアラーも支援の対象であることが明確にされ、自治体による早期発見とサポートが求められるようになりました 31。これは、児童福祉が、子どもを危険から守るだけでなく、子どもらしい生活を送る権利を守る方向へと、その役割を広げていることを示しています。

3. 身体障害者福祉法 (1949年) & 4. 知的障害者福祉法 (1960年):誰もが自立して暮らせる社会へ

これら二つの法律は、障害のある方々が、それぞれの能力を活かして自立し、社会の一員として活動に参加することを応援するためのものです 34。身体障害者手帳や療育手帳の発行などを定め、様々なサービスを受けるための基礎となっています。

ただし現在では、具体的な福祉サービス(自宅での介護や施設での訓練など)の多くは、2013年にできた「障害者総合支援法」という一つの法律にまとめられています。この法律は、身体・知的・精神といった障害の種類に関わらず、一人ひとりのニーズに合わせた支援を提供することを目指しています。そのため、福祉六法としての二つの法律は、主に対象者を定めたり、支援の基本的な考え方を示したりする役割を担っています。

5. 老人福祉法 (1963年):介護保険制度を支えるもう一つの柱

老人福祉法は、かつて高齢者福祉の中心的な法律で、行政が老人ホームへの入所などを決める「措置制度」を担っていました。しかし、第1回で触れたように、2000年に介護保険法ができてからは、その役割が大きく変わりました。今、高齢者介護の主役は、利用者が自分でサービスを選んで契約する介護保険制度です。

では、老人福祉法はもう必要ないのでしょうか?答えは「いいえ」です。現在この法律は、介護保険制度だけでは救いきれない、より困難な状況にある人々を支えるための、なくてはならないセーフティネットとして機能しています。例えば、経済的な理由で介護保険のサービス料が払えない場合や、虐待などから緊急に保護する必要がある場合などは、この老人福祉法に基づいて施設への入所(措置入所)が行われます。介護保険という大きな網の目からこぼれ落ちてしまう人々をすくい上げる、非常に重要な役割を果たしているのです。

6. 母子及び父子並びに寡婦福祉法 (1964年):ひとり親家庭が抱える現実

この法律は、ひとり親家庭や、夫と死別した女性(寡婦)の生活を安定させ、自立をサポートすることを目的としています。もともとは母子家庭が主な対象でしたが、社会の変化に合わせて2014年に改正され、父子家庭も明確に対象に含まれるようになりました。しかし、この法律が向き合う現実は非常に厳しいものです。日本のひとり親世帯の貧困率は44.5%(2021年)と、ふたり親世帯に比べて際立って高くなっています。その大きな原因の一つが、離婚後の「養育費の不払い」です。調査によると、そもそも養育費の取り決めをしていないケースが多く、たとえ取り決めをしても、支払いが滞ってしまうことが少なくありません。元パートナーと関わりたくないという気持ちや、過去のDVなどが原因で、交渉自体が難しい場合も多いのです。法律が目指す「生活の安定」と、多くのひとり親家庭が置かれている現実との間には、まだ大きな隔たりがあります。

法律主な対象となる人目的と主な支援内容今日の課題
生活保護法生活に困窮している方憲法25条に基づき、最低限度の生活を保障します(8種類の支援があります)。利用者の高齢化、利用をためらう人が多いこと、医療費の増大
児童福祉法18歳未満のすべての子ども子どもの健やかな成長と権利を守り、虐待などから保護します。児童虐待の相談が急増、ヤングケアラー問題への対応
身体障害者福祉法身体に障害のある方自立した生活と社会参加を応援します。多くのサービスは障害者総合支援法に統合、地域での生活支援の充実
知的障害者福祉法知的障害のある方自立した生活と社会参加を応援します。多くのサービスは障害者総合支援法に統合、本人の意思決定の支援強化
老人福祉法高齢者高齢者の健康と安定した生活を守ります。介護保険制度で対応できない緊急時などに補完的な役割を果たします。
母子及び父子並びに寡婦福祉法ひとり親家庭、寡婦の方生活の安定と自立をサポートします。深刻な貧困率の高さ、養育費が支払われない問題

【第2回のまとめ】

  • 日本の福祉は、「福祉六法」という6つの法律を土台として、生活に困窮した方、子ども、障害のある方、高齢者、ひとり親家庭などを支えています。
  • それぞれの法律は、児童虐待やヤングケアラー、養育費の不払いといった、時代ごとの新しい課題に対応するために、改正を重ねています。
  • しかし、法律や制度だけでは解決が難しい問題も多く、ひとり親家庭の貧困など、深刻な課題が依然として残っています。
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