はじめに:なぜ今、「地域」での支え合いが必要なのでしょう?
これまでの連載で、福祉の歴史や、私たちの生活を支える「福祉六法」について見てきました。国や自治体による公的なサービスは、日本のセーフティネットを支える重要な柱です。しかし、その制度の枠組みだけでは対応しきれない課題が見えてきたいま、日本の福祉は大きな転換点を迎えています。そのキーワードが「地域福祉」です。
「地域福祉」への転換が求められる背景には、公的なサービス(公助)だけでは限界が見えてきたことがあります 7。少子高齢化や人口減少によって、サービスを支えるためのお金も人も足りなくなりつつあります。また、分野ごとに縦割りになった制度は、複数の問題を同時に抱える、いわゆる「制度の狭間」にいる人々を助けるのが苦手です。社会的な孤立や「8050問題」など、制度の網の目からこぼれ落ちてしまうケースは、専門家だけでは支えきれません。
そこで、公的なサービス(公助)だけでなく、私たち一人ひとりの努力(自助)と、地域社会での助け合い(共助)の力を合わせて、もっと柔軟で強いサポートの仕組みを作っていこう、という考え方が広がっているのです。
「地域共生社会」という、これからの目標
政府が目指しているのは、年齢や障害のあるなしにかかわらず、すべての住民が互いに支え合い、社会の一員として参加できる「地域共生社会」の実現です。この考え方は、世界的な二つの福祉の理念に大きな影響を受けています。
一つは「ノーマライゼーション」です。これは、障害のある人もない人も、みんなが当たり前の「普通の」生活を送る権利があるという考え方です。障害のある人に合わせるのではなく、社会の側が変わることで、誰もが暮らしやすい環境を目指します 49。
もう一つは、より広い考え方である「ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)」です。これは、障害だけでなく、貧困や失業など、様々な理由で社会から孤立しがちな「すべての人々」を、社会の輪の中に包み込み、支え合おうという理念です 52。2000年に日本の公的な文書で初めて使われて以来、この考え方は、より多くの人々に目を向けた福祉への転換を後押ししています。
これらの理念を実現するため、市町村レベルでは、分野の垣根を越えて、様々な相談に一つの窓口で対応できる「包括的な支援体制」の構築が進められています。
地域で始まっている、支え合いのカタチ
「地域福祉」は、すでに私たちの身近な場所で、具体的な活動として始まっています。
- 地域ケア会議: 市町村などが主催し、医療、介護、福祉の専門家や行政職員、民生委員などが集まる公式な会議です 55。支援が難しい個別のケースについて多職種で話し合うことで、その人へのサポートを充実させると同時に、地域に共通する課題(例えば、交通手段がなくて困っている人が多い、など)を見つけ出し、新しいサービスや仕組みづくりにつなげる役割も担っています。
- 子ども食堂: 主にボランティアの方々によって運営され、子どもたちに無料か安い値段で食事を提供する、草の根の活動です。その目的は、お腹を満たすだけではありません。子どもが一人で食事をする「孤食」を防ぎ、安心して過ごせる居場所となり、様々な世代の人々が交流する地域の拠点にもなっています。
- 認知症カフェ: 認知症のご本人やその家族、地域の人々、専門家が気軽に集まれる交流の場です。当事者や介護をする家族の孤立感を和らげ、同じ悩みを持つ人同士で情報交換をしたり、支え合ったりする場であると同時に、地域の人々が認知症への理解を深めるきっかけにもなっています 66。
しかし、こうした「地域での支え合い」にも課題はあります。子ども食堂や認知症カフェのような活動は、地域社会との「つながり」があって初めて成り立ちます。しかし、本当に支援を必要としている、社会的に孤立した人々は、そもそも地域とのつながりが最も薄いのです。実際に、子ども食堂の運営で最も難しいこととして、「本当に支援が必要な家庭に、食堂の情報が届きにくい」という点が挙げられています。これは、地域福祉が抱えるジレンマです。だからこそ、地域での助け合い(共助)を広げると同時に、行政が積極的に訪問して支援を届ける(公助)といった役割が、これからも変わらず重要だと言えるでしょう。
これからの福祉社会を、みんなでつくっていくために
日本の「福祉」は、単に困った人を助けるというだけでなく、超高齢社会の複雑な課題に社会全体で立ち向かうための、多面的なシステムへと姿を変えつつあります。その歴史は、手厚い保障という理想と、財政などの現実との間で揺れ動きながら、今の形にたどり着きました。
福祉六法という法律の土台は今も大切ですが、それだけでは解決できない貧困や孤立といった根深い問題も明らかになっています。
こうした中で、「地域福祉」や「地域共生社会」という考え方は、これまでの国が中心だったモデルの限界に対する、自然な答えだと言えます。それは、上から与えられる画一的なサービスから、地域に住む多様な人々がそれぞれの力を発揮し、支え合う、より柔軟な仕組みへの大きな変化を意味しています。
しかし、この新しいモデルも万能ではありません。地域の助け合い(共助)だけに頼ってしまうと、最も孤立した人々に支援が届かない危険性があります。これからの日本が目指すべき、誰もが安心して暮らせる社会とは、公的な制度によるセーフティネット(公助)、地域社会の温かい支え合い(共助)、そして私たち一人ひとりの尊厳と自立(自助)が、うまく組み合わされた多層的なモデルではないでしょうか。その網をただ広げるだけでなく、誰一人としてこぼれ落ちることのないよう、社会の隅々まで手を差し伸べる力を育んでいくこと。それこそが、これからの日本に課せられた、私たちみんなの挑戦なのです。
【第3回のまとめ】
- 公的なサービスだけでは対応が難しい複雑な課題が増え、住民同士が支え合う「地域福祉」の重要性が高まっています。
- 「地域共生社会」を目標に、子ども食堂や認知症カフェなど、地域での多様な支え合い活動が生まれています。
- 一方で、こうした活動が本当に支援を必要とする孤立した人々に届きにくいという課題もあり、行政による支援(公助)の役割も依然として重要です。
- これからの福祉は、行政(公助)、地域(共助)、個人(自助)が協力し合う、多層的な支え合いの仕組みを築いていくことが鍵となります。