理想と現実のギャップを越えて:誰もが暮らしやすい社会への挑戦【2000年以降の障がい福祉施策 後編】

【第3回の要点】

  • 法律や制度は大きく進みましたが、私たちの社会の実態は、まだその理念に追いついていないのが現状です。
  • 雇用の面では、働く障害者は増えましたが、お給料の格差などの「質」の課題が残っています。
  • 教育の面では、「みんなで一緒に学ぶ」という理想とは裏腹に、実際には別の教室で学ぶ子どもたちが増えています。
  • 「合理的配慮」がまだ十分に広まっていなかったり、65歳になると支援が減ってしまう「65歳の壁」があったりと、解決すべき課題は多く残されています。
  • 本当の意味での「共生社会」を実現するためには、制度の改善とともに、私たち一人ひとりの意識や行動が大切です。

はじめに:法律はできた、でも私たちの生活は変わった?

第1回、第2回の連載で、日本の障がい者施策が「社会モデル」という新しい考え方に基づき、それを実現するための法律や制度を大きく進化させてきたことをお話ししました。理念は掲げられ、ルールも作られました。では、私たちの社会や生活は、本当にその理念に追いついているのでしょうか。最終回となる今回は、理想と現実の間に横たわるギャップに目を向け、未来への挑戦について考えます。

第1章:雇用の現場から ― 「雇われる」だけでは見えない課題

法律の整備により、企業で働く障害のある方の数は過去最高を更新し続けています。これは、社会参加という面で大きな前進です。しかし、その「働き方の質」に目を向けると、課題が見えてきます。

ある調査では、障害のある方の平均賃金は、障害のない方の半分程度というデータがあります。特に、精神障害や知的障害のある方は、非正規雇用で働く割合が高く、賃金も低い傾向にあります。せっかく働ける場所があっても、経済的に自立して生活していくのが難しい、という現実があるのです。「雇用の機会」だけでなく、「働きがいがあり、安定して暮らせる雇用」をどう実現していくかが、大きな課題です。

第2章:教育の現場から ― 「共に学ぶ」ことの難しさと可能性

教育の分野では、障害のある子とない子が同じ教室で学ぶ「インクルーシブ教育」が理想とされています。しかし、現実には、小中学校で「特別支援学級」に在籍する子どもの数は、この10年で2倍以上に増えています。

これは、発達障害などへの理解が広まり、より専門的な支援を求める保護者が増えたことも一因ですが、結果として「分離された教育」が広がっているとも言えます。通常学級の先生からは「専門知識が足りない」「人手が足りず、一人ひとりに丁寧に対応できない」といった切実な声も聞かれます。理想を現実にするためには、教育現場の体制を大胆に強化していく必要があります。

第3章:私たちの社会が抱える宿題 ― 「合理的配慮」の壁と「65歳の壁」

2024年4月から、お店や会社でも義務となった「合理的配慮」。しかし、社会全体に浸透しているとはまだ言えません。事業者からは「どこまで対応すればいいのか分からない」という戸惑いの声も聞かれますし、配慮を求めた側が「わがまま」「特別扱い」と見られてしまうケースも少なくありません。

さらに、制度の狭間で生まれる深刻な問題もあります。それが「65歳の壁」です。障害のある方が65歳になると、それまで利用してきた障害福祉サービスから、原則として介護保険サービスに切り替えられます。しかし、介護保険は高齢者向けに作られているため、それまで受けられた支援が受けられなくなったり、自己負担が増えたりすることがあります。長年築いてきた生活の基盤が、年齢という理由だけで揺らいでしまう。これは、縦割りになった制度が生み出す、大きな宿題です。

第44章:未来へ向けて ― 私たち一人ひとりにできること

ここまで見てきたように、法律や制度という「器」はできましたが、その中に「魂」を吹き込み、社会の隅々まで行き渡らせるには、まだ時間が必要です。理想と現実のギャップを埋めていくために、何ができるでしょうか。

制度の見直しはもちろん重要です。しかしそれと同時に、いやそれ以上に大切なのが、私たち一人ひとりの意識と行動かもしれません。

「何かお困りですか?」と声をかけてみること。

自分の職場やお店に、誰かの「困りごと」につながる障壁がないか、想像してみること。

障害を「自分とは関係ない誰かの問題」ではなく、「いつか自分や家族も直面するかもしれない、社会みんなの課題」として捉えること。

劇的に変化した「考え方」に、私たちの社会が追いつくための本当の挑戦は、まだ始まったばかりです。その挑戦の担い手は、行政や専門家だけではありません。私たち一人ひとりなのです。

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