2025年7月25日発表「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方」検討会報告書の内容

少子高齢化と人口減少という我が国の構自治体の介造的な課題が急速に進む中、次期介護保険事業計画(第10期:令和9年度~11年度)の策定は、これまで以上に重い責務を伴うものとなります。

2025年7月25日、厚生労働省から「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方に関するとりまとめ(案)」(以下、本報告書)が発表されました。本報告書は、次期計画策定にあたり考慮すべき内容となっています。この報告書が、自治体の次期計画にどのように反映されるべきか、本記事では掘り下げていきたいと思います。

本記事のポイント

  • 次期介護保険事業計画の策定は、地域の実情に応じた柔軟な対応、データに基づいた精緻な計画策定、そして何よりも関係者間の「連携」と「協働」を深化させていくことが、自治体の担当者の皆様に求められています。
  • 2040年を見据え、人口減少やサービス需要の変化に応じ、地域の実情に合わせた福祉サービス提供体制の構築(特に中山間地域での柔軟な対応)が必要です。
  • 賃上げ・処遇改善、テクノロジー活用(DX)、タスクシフト/シェア、働きやすい職場環境整備、外国人材活用、公的機関連携を通じて介護人材の確保と定着を推進する必要があります
  • 小規模事業者の経営改善のため、間接業務効率化、施設・設備共同利用、社会福祉連携推進法人の活用促進、福祉医療機構(WAM)による資金融資・経営サポート強化が求められます。
  • 2040年に向け、地域包括ケアシステムを深化させ、医療介護連携、介護予防・健康づくり、認知症ケア(権利擁護・意思決定支援含む)を推進し、多様なニーズに応えることが必要です。
  • 福祉サービス全体の共通課題(人材、職場環境、経営)に対応するため、分野横断的な連携を強化し、既存施設の有効活用を含め、全世代が支え合う地域共生社会の実現を目指します

次期介護保険事業計画策定の羅針盤!「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方」を読み解く

1. なぜ今、この報告書が重要なのか? –「地域包括ケアシステム」の深化に向けて–

私たちの目の前には、2040年に65歳以上の高齢者数がピークを迎え、特に医療と介護の複合ニーズを抱える85歳以上人口や独居高齢者が増加するという現実があります。一方で、現役世代である生産年齢人口の減少は不可避であり、地域社会全体で高齢者をどのように支えていくかが喫緊の課題となっています。

本報告書は、こうした未来を見据え、「医療・介護・予防・住まい・生活支援が包括的に確保される地域包括ケアシステム」をさらに深化させる必要性を強調しています。全ての地域において、利用者が適切にサービスを受けながら自立した日常生活を営めるよう、「地域の実情に応じた効果的・効率的なサービス提供体制を確保すること」が、次期計画の中心的な目標となるのです。この計画は3年間を1期として策定され、介護保険給付の円滑な実施を確保する目的があります。

2. 第10期介護保険事業計画への具体的な反映プロセス

国の「介護保険事業に係る保険給付の円滑な実施を確保するための基本指針」に即して、計画を策定することが求められます。このプロセスにおいて、自治体担当者が特に注力すべきは、現状と課題の徹底的な把握・分析」「関係者との合意形成」です。

まず、地域における介護・医療の現状をエリア別に見える化し、将来のサービス需要の変化を踏まえて詳細に分析・共有することが不可欠です。具体的には、介護サービスの給付状況、将来推計人口、認定率や利用率の伸び、介護サービス提供能力、利用意向、人材実態などの基礎調査やデータ分析を駆使し、地域ケア会議等の場を活用して地域の具体的な課題を浮き彫りにします。例えば、2022年度末時点で要介護(要支援)認定者数が694万人に達している一方で、年齢調整済み認定率は減少傾向にあるといった全国的なデータも参考に、自身の地域の特性を深掘りすることが求められます。

次に、この分析結果に基づき、各年度の種類ごとの介護サービス量の見込み(区域毎)や必要定員総数(区域毎)地域支援事業の量の見込みなどを計画に具体的に盛り込む必要があります。単なる数字の羅列ではなく、「どのような保険料水準でどのようなサービス水準を目指すのか」について、地域の関係者との議論を通じて判断し、共通認識を醸成していくことが極めて重要です。また、地域の医療機関との連携を強化し、地域医療構想との接続を図ることも忘れてはなりません。

3. 地域特性に応じたサービス提供体制の構築

本報告書では、高齢化や人口減少のスピード、介護サービス需要の地域差を踏まえ、全国を「中山間・人口減少地域」「大都市部」「一般市等」の3つの地域類型に分類し、それぞれの特性に応じたサービス提供体制の構築を提案しています。

  • 中山間・人口減少地域における柔軟な対応: この地域では、高齢者人口の減少に伴いサービス需要が減少していくため、既存のサービス基盤の維持・確保を計画的に図る必要があります。具体的には、配置基準の弾力化(常勤・専従要件や夜勤体制の緩和など)や、訪問介護と通所介護などサービス間の連携・柔軟化、複数の事業所での人材シェア、タスクシフト/シェアによる業務効率化を一層進めることが考えられます。また、「看護小規模多機能型居宅介護」や「小規模多機能型居宅介護」、「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」といった包括的サービスの計画的な設置促進も重要です。さらに、訪問系サービスの報酬体系に「包括的な評価の仕組み」を設ける検討や、サービス主体が少ない場合には市町村自らが行う直接的な事業(介護予防・日常生活支援総合事業の拡張など)として実施する枠組みの検討も視野に入れるべきです。交通や住まいといった他分野の施策との横断的な連携も不可欠となるでしょう。能登地域が示すように、人口減少が進む地域でのサービス持続可能性の確保は喫緊の課題です。
  • 大都市部における需要急増への対応: 大都市部では、2040年にかけて高齢者人口が増加し続け、介護ニーズが急増することが見込まれます。これに対応するため、民間の創意工夫と公的なサービス提供を組み合わせ、多様なニーズに応える多様なサービスを提供することが求められます。特に、ICTやAI技術を活用し、24時間365日の見守りを前提とした、訪問や通所サービスなどを組み合わせる包括的かつ効率的なサービス提供のあり方を検討することが考えられています。独居高齢者の増加を踏まえ、複合的なニーズに応えるサービスも必要です。土地や建物の価格が高いという大都市部特有の課題に対応するため、サービスの質の維持を前提とした設備の基準等の見直しも検討すべきです。
  • 一般市等における適切な対応: 「一般市等」の地域では、高齢者人口が一時的に増加した後、2040年までの間に減少に転じる見込みがあります。このため、既存の介護資源を有効活用しつつ、需給の変化に応じてサービスを過不足なく確保することが求められます。また、近い将来に「中山間・人口減少地域」になることを見越して、早い段階から準備を進め、必要に応じた柔軟な対応を図っていく視点も重要です。

4. 人材確保と職場環境改善・生産性向上(DX)、経営支援

介護人材の確保は、令和7年5月時点で介護関係職種の有効求人倍率が3.80倍と全職業と比較して高い水準であり、2040年には約272万人の介護職員が必要と推計されていることから、最大の課題です。

  • 人材確保に向けた多角的な取り組み: 賃上げや処遇改善を強力に推進し、都道府県単位で介護人材の属性(年齢、性別、入職経路、外国人材の動向等)を分析し、地域差に応じた対策を講じることが重要です。ハローワークや福祉人材センター、介護労働安定センターなど公的な機関が連携し、プラットフォーム機能を充実させることで、情報共有、ネットワーク化、相談・研修体制を構築する必要があります。 また、潜在介護福祉士の情報収集強化と復職支援、業務の整理・切り出し、「介護助手」などによるタスクシフト/シェアの推進も効果的です。若い世代が介護業界に希望ややりがいを持てるよう、テクノロジー活用が進んだ職場であることや社会課題への対応をアピールし、介護のイメージを変えていく努力も必要です。外国人介護人材の受け入れ促進と定着支援も重要な柱です。
  • 職場環境改善と生産性向上(DX): 生産年齢人口の減少が進む中、テクノロジー(ICT、AI、センサーなど)の導入や業務の見直し、タスクシフト/シェアを推進し、業務効率化と職員の負担軽減を図るべきです。これにより生み出された時間を直接的な介護ケアや職員への投資(残業削減、休暇取得、教育・研修)に充てることで、介護サービスの質の向上と人材定着を同時に推進します。 国は、テクノロジーの効果実証、成功事例の提示、試用貸出しの仕組みの活用などを通じて導入支援を強化しており、自治体もこれと連携して、デジタル中核人材の育成・配置を進め、小規模事業所への伴走支援を手厚くすることが求められます。介護記録ソフトやケアプランデータ連携システム、さらには生成AIの活用による業務効率化も検討対象です。
  • 介護事業者の経営改善支援: 介護事業者が、地域の状況や将来の経営状況を見通せるよう、経営情報の把握・分析・公開を支援する必要があります。令和5年度の介護保険法改正により、介護サービス事業者は経営情報を都道府県知事に報告することが義務付けられており、これを事業所支援に活用することが期待されます。 小規模経営の事業者が安定的に事業を継続するためには、他事業者との協働化や連携、大規模化を進めることが有効です。特に、「社会福祉連携推進法人」制度は、法人間での経営の効率化、人材確保・育成を推進する新たな選択肢として創設されており、事務負担軽減や制度要件の弾力化を図り、その活用を促進していくべきです。福祉医療機構(WAM)による優遇融資の活用も有効な手段です。

5. 地域包括ケアの深化と個別課題への対応

  • 医療介護連携の一層の推進: 2040年に向け、医療と介護の複合ニーズを抱える85歳以上人口の急増に対応するため、医療・介護・予防・生活支援等の包括的な確保を進める必要があります。特に、医療機関と介護保険施設との連携強化は喫緊の課題であり、都道府県は地域医療構想調整会議を活用して、高齢者施設等の協力医療機関を調整することが重要です。また、地域の医療・介護資源の状況を「見える化」し、地域ごとにネットワークを構築することで、緊急時にも切れ目のないサービス提供を可能とします。
  • 介護予防・健康づくりの推進: 高齢者が地域支援の担い手として主体的に参加する「支える側」「支えられる側」を超えた取り組みを通じて、介護予防・健康づくりを推進し、高齢者の自立支援や重度化防止を図ることが、介護保険制度の持続可能性確保にも資します。住民主体の「通いの場」の発展・拡充や、介護予防・日常生活支援総合事業の充実は喫緊の課題であり、その実施内容や効果を精緻に分析・検証し、データベース化することも提言されています。自治体の取り組みを促すため、保険者機能強化推進交付金や介護保険保険者努力支援交付金(インセンティブ交付金)の活用も重要です。
  • 認知症ケアの方向性: 「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が成立した今、認知症の人本人の声を尊重し、誰もが認知症になっても自分らしく生きられる社会の実現を目指す必要があります。特に、独居の認知症高齢者の社会的孤立を解消し、地域社会とつながる地域づくりと、権利擁護・意思決定支援を包含した統合的なサービス提供を進めることが求められます。認知症カフェやピアサポート活動の推進も、この一環として位置づけられます。

6. 福祉サービス共通課題への対応と地域共生社会の実現

介護、障害福祉、保育といった福祉サービスは、人口減少・サービス需要の変化、人材確保、職場環境改善・生産性向上、経営支援など、共通の課題を抱えています。これらの課題に対応するためには、分野を超えた関係者の「連携」が不可欠です。

特に、既存施設の有効活用は共通課題であり、国庫補助がなされた施設の転用・貸付・廃止に係る補助金の国庫返納規制について、一定の条件を付した上で緩和する仕組みの検討が必要とされています。これは、介護施設の一部で障害福祉サービスや保育を行うなど、地域のニーズに応じた柔軟な機能変更を可能にするものです。社会福祉連携推進法人制度の活用も、この分野を超えた連携と経営基盤強化の重要な方策となります。

このような関係者の連携を進め、福祉サービス共通の課題に対応していくことは、「全世代」の住民が支え合い、地域生活課題を抱える地域住民を包括的に支える「地域共生社会」の実現につながります。

おわりに

次期介護保険事業計画の策定は、2040年に向けた日本の社会保障のあり方を大きく左右する重要なタスクです。本報告書に示された多岐にわたる課題と方向性を踏まえ、地域の実情に応じた柔軟な対応、データに基づいた精緻な計画策定、そして何よりも関係者間の「連携」と「協働」を深化させていくことが、自治体の担当者の皆様に求められています。

特に、中山間・人口減少地域におけるサービス提供体制の維持・確保など、早急な対応が必要なものについては、次期制度改正を待たずに対応を検討するべきとの提言もなされています。

この計画策定のプロセスを通じて、どのような地域においても、利用者とその家族が安心して介護・医療・福祉サービスを享受しながら、尊厳をもって自立した生活を継続できる地域共生社会の実現を目指していきましょう。

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